昭和42年10月27日 朝の御理解
御教えに「おかげのあるもなきもわが心」。「おかげのあるもなきもわが心」と。「用心せよ、わが心の鬼がわが身を責めるぞ」と。御理解、これは覚えておかにゃいけませんですよ、それがなかなか実行できないにしても、そんなもんだということはやっぱ覚えておかにゃいけません、ね。「用心せよ、わが心の鬼がわが身を責めるぞ」と、ね。短い御教えですから、皆さん覚えておかにゃいけません、それがいつでも自分の日常生活の上にです、その御教えがほっと出てくるように覚えておかにゃいけません。
「用心せよ、わが心の鬼がわが身を責めるぞ」と。「おかげのなきも、あるもなきもわが心」と。してみると、先生のお取次ぎがよいとか悪いとかじゃなくてです、おかげの受けられない受けられるということは自分の心であるということが分かる、ね。「用心せよ、心の鬼がわが身を責めるぞ」と。「わが身を生かすこともあれば殺すこともある」とも仰せられる。素晴らしい御教えですね、( ? )。
自分の心ひとつでわが身を生かすこともあれば殺すこともある。ですからどうでもおかげの頂けれるわが心を創るためにお互いが精進しなければならんのであり、ね、お互いの心の中には仏と、言わば鬼が、神と言うなら邪神がですね、同居しておる。ですからこのいわゆるわが心の鬼に責められるようなことのないだけの力を頂かなければならん。同時に自分自身の心というものをです、自分の心ひとつで明るくもすれば暗くもする。どうぞ、自分の心と、わが心で生かすこともある、かと思うと殺すこともあると仰る。
昨日、久留米の佐田さんの若奥さんの方がおられて、お母さんは今日、久留米のご大祭でございますから、昨日から御用に行っておる。大体、この人は膀胱が悪かった。それでおかげを頂いて、もう何年、もうそれこそ(めぐり?)のおかげを頂いて、おかげを蒙ったと自分でもこう思うておった。ところがこの前の月次祭、お参りさして頂いてから、帰りに福岡の安東さんと一緒になった。安東さんもやっぱり膀胱でおかげを受けた人なのです。
それでその同じ(?)間々で知ってるわけなんですね、以前から。ですから、佐田さんこの頃どうですか、この膀胱の方は、もう全然起こらんとですか、また寒くなる時がいきませんもんと言うてその、話し掛けられた。私はおかげ頂いてからもう(ねぎり?)のおかげを頂いてからとバスの中では話して帰った。ところがさあどっこい、その安東さんの言われたことが心にひっかかってひっかかってたまらん。明くる日から膀胱が悪くなった。
もう何年間というてもう(ねぎり?)のおかげを頂いておったと思う者がです、そういうことで。ところがその、昨日の新聞を見せて頂きよったらですね、今度その、私は言うておらんから、佐田さんの話ですから分かりませんけれども、胃がんですね。胃がんを手術しなくても、いや手術をしたよりも(?)結果におかげを頂けれるという大きな見出しで記事が出ておった。
それがその神経を切るっちゅう、ね。ですから胃がんがいくらはびこってもはびこっても体には全然さわらないと言われます。神経がそれを、正しく私のは夕べから今朝にかけてからのこの病気は神経の作用だなということを感じたとこう言う、ね。昔から病気は気からと言うでしょう。確かにそうです、神経です。いわゆる神経(?)と言うけども、私にはそれがもう全部が神経です。
ところが生身を持っとりますから、なら私でもです、ね、まあ少し7、8年間もでしたでしょうか、全然、手足がなえるような病気でした。そらもう御用にも差し支えました。ですから、さあ立つ時痛みになる。ところがです、もう私がそれをひとつも心配していない。皆さんが見ておる通りです。あれがどうでしょうかね、普通、もう足がない、そりゃあもう、椛目、当時はね、椛目の先生はもう(ちゅうぶ?)で半身不随で動かれんごとなっちゃるげなってもっぱらの評判でした。
けれども私自身は座っておれば痛くもなからなければ痒くもない。これで御用ができておった。さあ今日は月次祭という時にはしゃんと足が立ちよった。だから嘘じゃなかじゃろうかというごとあった。7,8年ぐらい続きました。おかげで最近、それが全然、まあなくなったんですけれどね。これはもう4,5年にもなりますでしょうか。菊栄会の方達は私をあの、この耳納ラインのあそこへ連れて行ってくれたことがある。そして、帰りにある何とかという料亭でまあ夕食をさせて頂いていて一杯あげて。
そうして、しこたま飲んでですね、お便所にやらして頂いてからその水洗便所なもんですからね、ちょっと出たところがもうさあ、真っ赤な血ばっかり出るんですよ。そりゃびっくりはしますよね、血が出てますから。けれどもそん時に、一番初めに感ずるのはどういうことかと言うと、やあおかげ頂いて有り難いということでした。それから帰りましてから、どうも(?)くるわけですね。
ですから、その当時、2階に洗面所がございました、(ながいて?)、椛目に。それであの、はきましたところが、いわゆる喀血というでしょうか吐血というでしょうか、吐血でしょうね、恐らく。医者に行ったら、まあ胃潰瘍か何かということじゃないでしょうか。そういうことが一週間続きました。もちろん、その時には朝の奉仕だけで、もう昼から安静して休ませて、きついですね。けれどもですね、もうさあ、これはもういよいよ、くるものが来たとかですね、これはどうしょうかといったような気持ちはもう本当に嘘のようにさらさらございませんでした。
ただ、お取り払いを頂いて有り難い、いわゆるここ、この中からでもそれは日々そのことを願ってるんですからね。皆さんでもお願いなさらにゃいかんですよ。どうぞ、この身の内の悪血悪毒というものがです、ね、どうぞ大小便の中からでもお取り払いが頂けるように、私はこれも日々願います。
ですからもう大小便に行く時には、もう悪血悪毒、お取り払い頂いとると思うから、有り難い。それがなら血であっても悪血悪毒であるから、有り難い。こういう、こういう時なんですね、わが心で生かすこともあれば殺すこともある。あれが私がもし自分の心で、はあこらしもた、もうこれでしまえたと思うたら、もう本当にしまえとったかもしれません。だから信心とはですね、そういうところをです、ね、頂いていく稽古なんですよ。
初めから誰でもできるとは思えません。稽古なんだ、ね。さあ、学院に行くために病院に行って、細密検査してもうたところが糖尿病であり腎臓病であるということが分かった。もうこれは困った。糖尿病というのはもう一生治らないものとなっとる、現在の医学では。
昨日、一昨日でした。高橋さんが昼頃、夫婦でお参りしてまいりました。久しぶりですから尿の検査をするとこういうわけ。ならして下さい。ところが(?)ひねってるんですよ、少しくらい気がなからなきゃなからんのが、もう全然気がない。これは(けいそつにかんじた?)これは僕、もう悪かとこはなかじゃろかというぐらいもう全然気がない、糖の気が、ね。そら皆さん方、私を大事にして下さるために、さあ食べ物も用心しなきゃいけませんよ、あれは食べちゃいけませんよと皆さんが言って下さるから、ね、もうそれに応じてはいはいと言うておるけれども、なら私の心の中には、さあ糖尿病になったが一生これは治らんがどうしようというような気持ちは、私の心には、これはもう絶対神様のご都合だと思うておるから。
私が糖尿病でなかったら、一年間どうしても学院に行かなければならなかったんですものね。もう、だからこれは私だけの上に神様のご都合であるということはないのですよ。私だけがお取り払いじゃないのですよ。皆でもそうですけれども、それをわが心でわが身を生かしたり殺したりできるというこれは実例なんだ、ね。
どうも夕方になると微熱が出る、ね。肺病じゃなかじゃろうかとこういうわけなんですよ、ね。もうですからね、本当にそういう時に、例えば有り難いとお礼の言えれる信心なんです。それを例えば現代の医学でですね、あれを精神医学ということを申します。今、精神医学が非常に最近は発達してきた。これが注射だけじゃいかん薬だけじゃいかん。ただ手術だけじゃいけない。
この頃、佐田さんの弟さんがこの頃、まだ若いですけれども、医学、博士号を採りましてね、そして夫婦で今アメリカに、この10日ばっかり前から留学いたしました。いよいよ、明日明後日発つという時に一家中でお届けに出てまいりました時に話しております。もう子供の病気と母親の病気とがつながっておるのに驚くっちゅうんです。教祖の神様はそこんところを仰っておられるんですね。子供の病気は親の病気と仰る、ね。
もうこれは不思議だと言うんですね、医者が、ね。もう母親がですね、ちょっとその、言わば教育上のとか、精神上の上にですね、まあお道の信心で言えばおかげを頂けばですね、改めるとですね、もうはっきり子供の上に現れてくるそうですよ。子供の病気は親の病気と教祖は仰るが、確かにそうなんです。そういうところから見てもです、これは医者がその、ただ医学だけでですね、薬や注射だけで、これは、ではなくて、もっともっと根本的なところから治すことの方が医者の役目であるとして、精神学というものがだんだん発達してきた、ね。
それを例えば、信仰では、ね、精神医学とか何とかと言わんけれども、神様のおかげで、いわゆるおかげのあるもなきもわが心と。いわゆる、わが心、これは病気だけじゃないですよ。人間関係だってそうですよ、金銭のことだってそうなんですよ、ね。そこんところをですね、お互いひとつ本気でひとつ分からせて頂く。「おかげのあるもなきもわが心」、「用心せよ、心の鬼がわが身を責めるぞ」と、ね。
佐田さんとこのお母さんは皆さんもご承知のように非常に熱心です、もう一途ですね。それでいて、お年よりの、くせちゅったらならんばってん、お年よりのくせに非常に教学的ですね、なかなか頭がいいんです。ですから自分で合点がいかなければですね、ですから自分の医者である息子にでも教学的に説明をしない、して聞かせなければやまないというようなものがある。
それで子供から教学的に、息子にお医者さんからやり込められたんです。だから、先生ここんところはどういうふうに頂いたらいいでしょうか、ここんところはどう説明したらいいでしょうかと。信心なら私が信心を本当の信心を説明できなかったということが残念だとこういうわけなんです。と言うように、非常に神経の細かい、まあ言うなら神経質なんです。行った方はご承知でしょうけども、すぐ向こうが、乾物屋の問屋があります、野菜、市場がある、ね、ずっと。
こういうようなふうに入り口がこうなっておるですね、南の方から北側の方へこうついておって住宅になっておる。ですからどうもそこんところがその、吹き溜めになってですね、乾物屋や野菜屋さんのいろいろ散らかった紙やら紙くずやらがですね、ここん中にみんな入ってくるわけなんです、ね。
もう毎日毎日お母さんが悔やみなさること悔やみなさること、もう本当にもう、もう(どこのくいじばぬいじゅくごたる?)ちゅってから来なさるそうですよ。ほいでまあ、あそこはいつもその、親子3人または4人でその、信心の共励をいつもなされるわけですね。そん時にその、恵美子さん、その嫁さんが、これお母さん、「おかげのあるもなきもわが心」と仰るし、わが心でわが身を責めたり殺したりすることもできるのですから、これはいっちょ考え方を変えないけませんばいっち。もうお母さんの(?)もここば(?)度に向こうに言うちくごと腹の立ちなさるちゅうことは、これはいよいよいかんけん、これはどうでしょうかね、お母さん、あげな紙くずやらから、福の神が、福の神が舞い込んできよるとこういうふうに思わなん。ほらあんた(よかごとちゅうたの?)ちゅうことになったそうです。
それでもう、ほう今日は福の神がこげん沢山溜まっとるちゅうてからその、この場合にこにこできるようになったとこういうわけ。わが心でもうすでに生かしておる。いよいよ、この中にこうなっておるこの、言わば住宅の上になってる。そうすっと、こちらの方へ大きな住宅があってから、もう庭園になっとるです、ここの道が。そこを茶ノ木や何かがずっと植えてあるわけなんですね。
そして、目前の木がこっからこうきて、もうその、もう(むくらんなかの?)花が散る時も散らかるが、葉も大変散らかるわけなんです。この前からお母さんがそれを言われるそうです。もう本当にもう、向こうに言うて行って、切ってもらおうかち言うちから、もうこっちの方にこうきておるわけなんですね。
ところが恵美子さんがまた、そのことを言うたげなね、そうばってんお母さん、もしここにあのこの木ば切られたり、ここば向こうばこう、ブロックでん塀どんされるならあんた家ぐちはどうこうできんですよっち。もうあそこに入り口をこう行くとですね、庭園の中を通っていきよるごとあるです。その裏からきておる庭がですね、もうその、ところどころ(?)なかもん、もうその庭園が、いわゆる自分方の家のように見えるわけなんです。人間というものはね、散らかったりごみしたりすることだけを見るわけなんですね。それで、この木は切ってもらおうかと。もうほんなて、花咲く時にはあそこの家の人よりも家の人の方が眺めとるとわけ。
もう朝晩礼する時に、それ見とると。だからもうこれはお母さん、もう散らかるようなことはしちゃなかですよっち、ね。これでブロック塀出されたらもう、ここはもう家の中でいよいよこれは値打ちはなかですよ。だからもうやっぱあなた毎日こうやって向こうの庭園ば手も入れんばん、見せて頂きよるけんで、こんくらいなことは辛抱せにゃあなたちゅって、してからほんにあんたごたる考え方をするならよかのと言うて、お母さんがその、言うて下さったというような話をここで、まあ話されるんですよね。
信心とはですね、そういうようにですね、今日はそこんところを思い変えと仰った、ね。思いを変えていくということ。そこにです、「この方の道は喜びで開けた道じゃから喜びでは苦労はさせん」と仰るように、悔やんでばっかりおっても、悔やまなならないことが絶対起こってくるです。
腹ばっかり立てよると、もう腹立てにゃんようなことが起こってくるです、ね。ですから、普通の人ならば腹立てねばならないようなことでもです、信心さして頂いて有り難いと分からしてもらい、ね、それこそ紙くずが舞い込んできても、福の神が舞い込んできたっちゅうような思い変えをさして頂くところから、必ずそれが福の神になるでしょう、ね。
そして例えばです、ね、胃がんを患うてもです、その胃がんが全然障らないというような神経が使えれるようなおかげです。いわゆる脳神経とでも申しましょうかね。そういう神経がなくなる。これは私の体験から言えることなんです、ね。
あれを病気で医者に言ったらどう言ったでしょう、何年間とにかく足がなえる。もう全然なえる。全然なえてしまうんですからね。もう自分で自分の足のようにこうあげることもできん、寝とってから、ね。ああもう自分もたったこの40くらいの若さで、もうとうとう足なえになってしもうたっち。それを言うとったら、本当に足なえで終わっとったかもしれません、ね。
私は40くらいからでしたでしょうね、それは、ね。ですから信心さして頂きよるとだんだんだんだん、自分の心の中に和賀心が生まれてくる、和らぎ賀ぶ心が生まれてくる。だから病気も癒える、言うならば災難もよけられる、言うならば財産もできてくるということになるのですよ、ね。思い変えの名人にならにゃいけません。さあ、そこでその思い変えようと思うてもです、ね、腹の立つ問題をです、これを喜ぼうと思うてもです、暗い心を明るい心にしようと自分で思うてもです、なかなかできないところに人間の悩みがあります。人間のまた弱さがあります、ね。
そこにお取次ぎを頂いてというお取次ぎの働きを受けなければなりません、ね。金光大神の御取次ぎにおすがりしてです、ね、今、毎日福岡の渡辺先生が日参しておられます。もう本当にまあ言うなら難儀な問題が矢継ぎ早、ね。ところがです、どうして神様は私が次々とこういう難儀な問題を受けなければならんだろうかと、来る道々電車の中で、それこそ天を仰いでそれをまあ感じもし、心の中にそのつぶやきながら参りましたと。
ところが一度、ここで御理解を頂いたらです、はあおかげ頂いとる。言うならそんな思いがもう、やあおかげ頂いたになってくる、ね。これは(渡辺とし?)に、神様がどげな願いがあるか、期待があるやら分からん。だから神様がお期待を下さっておるんだと、そう思うたら思われないことはない事実がいくらも出てきとる。これは(渡辺とし?)でなからなければできないことがある、神様が御用に使おうとしござる、それには力を受けなければ御用に使うて頂くことすらもできん。
神様がこうして私を矢継ぎ早に力を与えて下さるための働きがもう始まったんだと思うたら元気が出てくるよりそのことが有り難うなってきた。今、毎日、日参されておるのはそのお礼に参って来られる。人間の心ってものはそうです。そこにお取次ぎの働きということを感じるでしょうが、ね。
ですからこげなこと言うちゃあ先生が笑われなさろう、このこと言うちゃあ先生に気の毒かっていうようなことはなかです。自分の思いが有り難い有り難い、おかげの頂けれる心をです、頂くために願わにゃいかんです。どうぞどうぞこの病気が治りますように、どうぞどうぞこの難儀が治りますようにということだけではなくてです、ね、そのおかげの受けられる、そのおかげをキャッチできれる心。それが和賀心。「おかげのあるもなきもわが心」、「用心せよ、心の鬼がわが身を責めるぞ」と、ね。
「わが心でわが身を生かすこともあれば、殺すこともある。」同じ事柄で自分の身を殺したり生かしたりすることができるんだから、わが心を有り難いということに生かしていくことだけに使わしてもらえるような、自由無碍な心とでも申しましょうか、ね。自由自在な心を有り難い方へ有り難い方へと使うて頂けれる心のお繰り合わせを願わなければならない。「形のお繰り合わせよりも心のお繰り合わせを願え」と仰るのもそういうわけなんです、ね。
ですから信心さして頂いておればいつもにこにこできれるようになってくる。いつも心の中が喜びにあふれてくるおかげが受けられるようになる、ね。そういう生活、そういう心が持ちつづけられたり、そういうことに精進しておる姿をです、信心生活という、また信心習う者の姿という。ところが何年信心しよっても自分の心の中が、昔といっちょん変わらんなり、それがおかげだけ頂きよるっちゅうのは、それはもう言うなら神様に借金しよるようなもんです、ね。
和賀心で頂くおかげなら、これはもう当然、神様としても下さらなければならないひとつの理があるのです、ね。ですからその和賀心をひとつ、頂かせて頂く、おかげを頂かなければいけないと思うですね。どうぞ。
明渡真